久しぶりの詩 五篇 2021年8月

2021.08.26 22:11:33 コメント By Yuga Soma-Uéno


この気持ちを、わかってもらえないことを恐れているから。

永久凍土の長剣は、自分に突き刺さるしかなかった。


1. 周遊のなぞらえ

潮風の結晶すら
くらくて見えぬ水蒸気の夜を
自転車はごりごりと
ワイシャツの奇数釦だけかけた男の
煙草をふたつ買いにゆくだけの

地平線 LEDの朧が波
鋭く銀輪の往復する
ただ、復路に飛行機雲が

アパートメントのヴェランダに接続し
柔らかなフィルムと銀紙を棄てた
別れを祝うリボンの暗喩
舟旅の時間に誘われ



2. 幾星霜

星がみえないのではなく
夜をみあげないから
たたえた水のかわいてしまわぬように

くろいじめんの石
ふたごの鉄のかがやき
ただ うつろのはらの子をおもう

みえるもののみえなくなった時の
くらやみなど気にかけられぬ
ひとの消えたまちに
私はのぼれぬはしごをみあげた
春はとおい



3. 銀の鯨

高速道路の環の中心で
自動車らの群れ
それは鱗だ
銀の背だ


停留する
躯体を囲む
あの鉄鋼の檻よ
公転する分子の中心で



4. やさしく本をとじた

ものに魂を宿せる人だから
傷つけ壊す考えはけっして起らない
あたりたいときは
ものではないものにあたれ

物置の板張りの窓を開ければ
想像上の雨のこべりつく血小板の天候
積もった埃を叩いて出る光沢のように
ひたすらに自慰を働かせる

そうだきみは舞台の悲劇の魔術師だ
裏返った胃の吐き出た霞は無色透明だ
闇に憑かれた存在意義の物語だ

言葉にならない言葉は
重力に従って落下する
空気の循環を発さずに



5. 或るF500号の絵画

ロマネスコ畑でテリーヌが勝手に自生している
ご丁寧にも「やさいテリーヌとキッチュな文字で看板が立っている
キッシュじゃないぞ
宇宙数理に解かれぬカオスの顕現だ
テリーヌは暴力的な独白を説いた
それから農夫が実は鳥避け案山子だった
ロマネスコ畑から野次もきこえ
農具庫が上下左右に伸縮しているにも関わらず
畑のレーザー・ディスクを拾って再生すれリヒャルト・シュトラウスの音楽がついた低解像度の山脈

Yuga Soma-Uéno

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