詩六篇 2019年8月

2019.08.25 20:13:47 コメント By Yuga Soma-Uéno


詩 ​ お死蝉
六  も体の
篇  わを 
  季​せ  
  ​節る  


1

白樺の森がきちんと立つ
むかし教会だったという講堂に ちいさなスピネット・ピアノがあった
トムソン椅子にすわって ペタルをふみたもったまま
ぼくは薄緑色の微風に滑空するように
ピアノは森のただしき澱のように
けれど スコアというものがみえなくなった

ひとり 森の小径を歩くことがすき
かれらには 裏読みができない
ひとが泣いたときわらっとき むねが
時計の歯車がたてる音の アンプによって増幅されてスピーカーからだされた音
とおく 白をかぶった山がみえるところがすき
そのときは まわりに至上の音が谺し
口笛をふいたり歌をうたったりしたくはなかった
ぼくはそれ以来 あまりしゃべらなくなった



2

ひじょうになめらかなマカロンが ときに
新聞紙をしきつめたような皺襞と化して もどる
46億年の経験が 24fpsの となりあわせに配置される
パルスは間隔をせばめ
血漿は氷点下に凍りつき
スビト・メゾフォルテ
ぼくは夜中に ベッドの硬かったことをつたえた



3

ノストラダムスの予言によって地球が滅亡してすこし
3,4つの齢になったころ 
女の子が長靴をはいてレインコートを着て雨傘をしているところが羨ましかった
かのビニールの光沢は ぼくを3センチほど浮かせた
その傍で 軽トラックが水たまりをすらし
茄子と胡瓜はヴェランダでゆられ
印画紙のなかに ぼくは純粋であった


夏にも空が灰色におおわれたら 雪がふると信じていた
水風船ひとつわって わかれをつらくおもっていた
おしっこをもらして 羞恥するようになった
谷あるところに 川がながれることをおぼえた
女の子が雨具をつけているところに こころがしめつけられるおもいをした


4

すき と きらい ふたつのふびょうどう
根から すき といえるに 本心ありけりとおもえど
あわせ鏡のむすぶ像たちに 順番があるように
きらい に本気になれない

都市 饐えたにおい 金切りごえ 悪態
いやなはずの きらい とはいいきれない
ぼくのまわりでは 否定がうずまいている
ほんとうに きらい が につかわしいものは?


それと きらい というひびきがすきではない



5

_a
つつしんで申しあげようと えもいわれぬ不安と苦しみ にあてて
色にみちた手紙をかくこと
ヤナーチェクの弦楽クァルテット二番をきいていたとき
スル・ポンティチェロは 直線的な雷撃のごとく

_b
ひからびた万年筆に 水をあたえたように
線と図形を 空中にひっかからせるように
積雲みたく 重さ軽さを同居させるように
わきたつ黒胆汁を 手でいっしょうけんめいにふさいで 鍛ち
一人称あるいは二人称を殺す銃
ガットをりんと張った状態に
あおいヴァイオリンをきれいにならせるのは
その キッシュ・ロレーヌをつくるのがうまそうなひとになるのだろう

_c
ほこりかぶった弦楽器をよそに
ルイ・アルチュセールの夢をよみたい
そうして 蝉の死体をおもわせるきせつ 三日坊主


6

川をまたいで 橋はたち
山をつらぬき 隧道はゆく
かちにてわたるか 峠をこえるか
ひとは インフラストラクチュアに 越境を拡張する

渓谷をとんで 橋はたち
海底をくぐって 隧道はゆく
二項対立は 3つめを排除せんとする
ぼくは ブリッジのうえに トンネルのなかにいる








 1 療養地にて
 2 未明二時、痙攣のような打痕
 3 水音の喩え
 4 きらい
 5 ないしょの手紙
 6 橋と隧道について

Yuga Soma-Uéno