詩 お死蝉
六 も体の
篇 わを
季せ
節る
1
白樺の森がきちんと立つ
むかし教会だったという講堂に ちいさなスピネット・ピアノがあった
トムソン椅子にすわって ペタルをふみたもったまま
ぼくは薄緑色の微風に滑空するように
ピアノは森のただしき澱のように
けれど スコアというものがみえなくなった
ひとり 森の小径を歩くことがすき
かれらには 裏読みができない
ひとが泣いたときわらっとき むねが
時計の歯車がたてる音の アンプによって増幅されてスピーカーからだされた音
とおく 白をかぶった山がみえるところがすき
そのときは まわりに至上の音が谺し
口笛をふいたり歌をうたったりしたくはなかった
ぼくはそれ以来 あまりしゃべらなくなった
2
ひじょうになめらかなマカロンが ときに
新聞紙をしきつめたような皺襞と化して もどる
46億年の経験が 24fpsの となりあわせに配置される
パルスは間隔をせばめ
血漿は氷点下に凍りつき
スビト・メゾフォルテ
ぼくは夜中に ベッドの硬かったことをつたえた
3
ノストラダムスの予言によって地球が滅亡してすこし
3,4つの齢になったころ
女の子が長靴をはいてレインコートを着て雨傘をしているところが羨ましかった
かのビニールの光沢は ぼくを3センチほど浮かせた
その傍で 軽トラックが水たまりをすらし
茄子と胡瓜はヴェランダでゆられ
印画紙のなかに ぼくは純粋であった
夏にも空が灰色におおわれたら 雪がふると信じていた
水風船ひとつわって わかれをつらくおもっていた
おしっこをもらして 羞恥するようになった
谷あるところに 川がながれることをおぼえた
女の子が雨具をつけているところに こころがしめつけられるおもいをした
4
すき と きらい ふたつのふびょうどう
根から すき といえるに 本心ありけりとおもえど
あわせ鏡のむすぶ像たちに 順番があるように
きらい に本気になれない
都市 饐えたにおい 金切りごえ 悪態
いやなはずの きらい とはいいきれない
ぼくのまわりでは 否定がうずまいている
ほんとうに きらい が につかわしいものは?
それと きらい というひびきがすきではない
5
_a
つつしんで申しあげようと えもいわれぬ不安と苦しみ にあてて
色にみちた手紙をかくこと
ヤナーチェクの弦楽クァルテット二番をきいていたとき
スル・ポンティチェロは 直線的な雷撃のごとく
_b
ひからびた万年筆に 水をあたえたように
線と図形を 空中にひっかからせるように
積雲みたく 重さ軽さを同居させるように
わきたつ黒胆汁を 手でいっしょうけんめいにふさいで 鍛ち
一人称あるいは二人称を殺す銃
ガットをりんと張った状態に
あおいヴァイオリンをきれいにならせるのは
その キッシュ・ロレーヌをつくるのがうまそうなひとになるのだろう
_c
ほこりかぶった弦楽器をよそに
ルイ・アルチュセールの夢をよみたい
そうして 蝉の死体をおもわせるきせつ 三日坊主
6
川をまたいで 橋はたち
山をつらぬき 隧道はゆく
かちにてわたるか 峠をこえるか
ひとは インフラストラクチュアに 越境を拡張する
渓谷をとんで 橋はたち
海底をくぐって 隧道はゆく
二項対立は 3つめを排除せんとする
ぼくは ブリッジのうえに トンネルのなかにいる
1 療養地にて
2 未明二時、痙攣のような打痕
3 水音の喩え
4 きらい
5 ないしょの手紙
6 橋と隧道について