Es ist wie ein Koma. (mit einem genügsamen café)

2018.09.16 15:20:20 コメント By Yuga Soma-Uéno

観念的・偏心・レコードプレイヤー



ある朝、上野悠河がなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一台のレコードプレーヤーに変っているのを発見した。彼は鎧のように堅いキャビネットを天井に向けて、正しく横たわっていた。頭をすこし持ち上げると、正確に33と1/3rpmの速度で回転するターンテーブルが見える。中心のとんがっているところにかかっているスタビライザーはいまにもずり落ちそうになっていた。「Marantz」の文字が自分が眼の前にぴっかりと光っていた。ふだんの着飾らないファッションにくらべて、大袈裟なくらい仰々しい鉄板にそれは大きく刻まれていた。



仮にぼくが「レコードプレーヤー」として、過去のある地点で回転を続けていたら、果たしてどのようにみられるのか、どのような影響を周囲に及ぼすのか。

 

スタンリー・キューブリック監督の有名な映画『2001年宇宙の旅』の冒頭、人類の祖先たる類人猿の群の前に突如として進化の象徴モノリスが現れるシーンがあるが、これをレコードプレーヤーと換えてみる。類人猿たちはたちまち、この奇妙な箱にのせられた回転体と黒曜石のように光る棒、どこからとなくのびる紐のついた、(モノリスよりはあきらかに)複雑なマシンに興味を持ったことだろう。彼らは想像力を働かせる。エリックは回転体に恐る恐る触り、危険の無いことを認め、石をその上に載せた。石は正しく公転を繰り返し、類人猿たちにその腹と背を交互に見せる。突然、ナタリーがヒステリックになって彼女はマシンを一蹴してしまった。すると固定されていた黒曜石的光沢を放つ棒が動くようになり、回転体の上に載ってしまう。棒先についた針が回転体の円盤を傷つけ、そこに新しく真円が刻まれた。類人猿たちは自身の指を除いて記号が描かれるところをみたことがなかったので、このマシンを一種の筆記具だと認識した。

 

 

「レコードプレーヤー」のもっとも原型として1857年にフランスでエドワール=レオン・スコットの開発した「フォノートグラフ(phonautograph)」が挙げられる。これは煤を塗布した紙を円筒型にして回転させ、箱が周囲の音を拾うマイクとして円筒に記録するものである。この頃にはまだ音楽再生の概念がなかったが、アンテナのようなペンで音を波形として筆記する発想は後にレコードプレーヤーはもちろんのこと、オシロスコープや地震計に応用されることになる。

 

 

ネアンデルタール人の一部は洞窟のような場所に住みかをもって少人数のグループで生活していたという。テリトリーのリーダーであるヨハンはいつものように火を起して薪につけると、彼は隅のほうでほっそり照らされた灰色の物体を発見した。この奇妙な箱にのせられた回転体と真珠のように光る棒、どこからとなくのびる綱のついた、複雑なマシンに興味を持ったことだろう。彼は想像力を働かせる。無機質な色合いであるものの動きがあるので、最初にこれを生き物だと思った。回転体の上には円盤が載せられており、円盤にはまた白い円形の溝が彫られている。その溝の幅と深さが、マシンについていた真珠的光沢の棒の、その先についた針の大きさと一致していたことを、ヨハンは目視で判断した。彼が棒先の針を溝にあてると、これまたどこからとなく、音が聴こえ始めた。猿だか何だかが喋っているような音だ。この洞窟の壁の向こうに誰かが入ったのだろうか? ネアンデルタール人は困惑したが、壁に耳を当てているうちに、その声にある種の懐かしさを感じるのであった。

 

 

1887年、ドイツの発明家・技師であるエミール・ベルリナーは、円盤型の蓄音機「グラモフォン」とSPレコードの規格を開発した。約10年前にトーマス・エジソンが円筒型蝋管を用いた蓄音機(フォノグラフ)を開発していたが、強度や生産性(材料やコスト・パフォーマンス等)、収納性の面で、ベルリナーの円盤型のほうがより普及していくことになった。このレコード初期に象徴される「ニッパー(犬)/His Master's Voice」の話は有名だろう。ニッパーの飼い主である画家は、ベルリナーのレーベル(ベルリーナ・グラモフォン)の商標として、蓄音機のベルからなるマスターの声を聴くニッパーの絵を描いたものである。メディアが、神との交信をはかる霊媒師となった瞬間だ。このニッパーの伝説は現在、「HMV」の名称や「ビクター」の商標として残っている。

 

 

時は飛んで2057年、ぼくは博物館に入れられてもおかしくないくらいに珍しいものになった。レコードはおろか、CDもDVDもBlu-rayも、懐かしい円盤たちは過去の産物として、戻らないブーメランのようにここから離れてしまった。子供たちが、灰色の骨董機械に近づく。このパーティクル・ボードのキャビネットにのせられたターンテーブルとメッキされたトーンアーム、どこからとなくのびる電源ケーブルとRCAケーブルのついた、アナログなマシンに興味を持ったことだろう。茉莉亜は想像力を働かせる。取っ手やつまみ、レバーを見て、こんなに重そうな機械に手を使って操作することを意外に感じた。機械のためには人間が動作する必要があった。

 

そして円盤は廻り続ける。ぼくはレコードプレーヤーとして、音楽文化の伝搬・普及と生活レヴェルの向上に寄与した歴史、この音楽と回転との関係性を、今後の世代に伝えてゆかねばならない。人間の容れ物である地球の存在理由が、自転と公転無くして成立しないように。

 


(冒頭文は[フランツ・カフカ 『変身』(高橋義孝 訳) 新潮文庫 1952, (第一刷)]を参照した。)


Yuga Soma-Uéno

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